ボケの基礎知識

写真レンズのボケは2方向で考えます

 フォーカスを合わせた、その前後のボケを縦方向のボケ、撮影画面の中心から周辺にかけてのボケは横方向のボケとして考えます。

 縦方向のボケにはまず「前ボケ」と「後ボケ」があり、通常の写真では後ボケが圧倒的に多いことから前ボケよりも後ボケが重要で、柔らかい後ボケはフォーカスを合わせた被写体をきれいに浮き上がらせてくれます。そして縦方向のボケは、ぼける大きさによっても区別されます。被写界深度から外れたあたりからのわずかにぼけた「微ボケ」から「小ボケ」、そして「中ボケ」、「大ボケ」となります。

 横方向のボケは、画面内におけるボケの均等性の問題で、開放では画面中心がもっとも良く、中間画角から周辺、隅に行くにしたがってボケは悪くなります。その要因は、画面周辺ほどコマ収差と非点収差の影響で光の分布が乱れたり偏ってしまい、加えて開放時には口径食によって画面周辺ほどボケの形が欠けてしまいます。

ボケ描写の特徴が現れる「微〜小ボケ」

 フォーカスを合わせたすぐ後ろあたりからの微〜小ボケに写真レンズのボケ描写の特徴が現れることから、ボケを考える上では重要な領域です。左の写真のように、フォーカスを合わせた目と前髪から少し後ろの点光源的な被写体がどのようにぼけるかに注目してください。

 この微〜小ボケが、二線ボケで見苦しいか、素直にぼけているか、にじんで柔らかいか、の大きくは3種類に分けられます。左の写真では、その点光源的な被写体がにじんでいますが、これが優れたボケ描写で、いわゆる「味のあるレンズ」です。

 一般に語られている写真レンズのボケは、この微〜小ボケよりも大きくぼけたところに対するものが多く、すると二線ボケのレンズでもその汚さが薄らぎ素直なボケに変化して行きますから、正しい評価とは言えません。

悪いボケ、普通のボケ、良いボケ

 この図は、ボケに偏りのない画面の中心において点光源がぼけたときの代表的なボケの模式図です。

 ボケの周辺に光が集中したのが悪いボケで、細い線がぼけると2本になったように見えることから二線ボケと言います。イルミネーションや木々の葉の間からの小さくて明るい空などが雑多にぼけると、見苦しい背景になります。

 光が均等に分散したのを素直なボケといい、良くもなく悪くもない、普通のボケです。

 ボケの中心が明るく周辺に行くに従って暗くなるのが良いボケで、光の分布がカマボコ状のようになったのが柔らかいボケ、尖った山型で裾野のあるのが滲んだボケです。これらの良いボケが「美しいボケ味」として写真の品を高めてくれます。

 

点光源のボケを注視してください

 この写真は、ある標準レンズのテレ端開放で撮影したもので左の自転車の金属部分のボケはクッキリと二線ボケになっています。ところが緑の葉では茎のボケが若干目障りですが葉は柔らかくぼけています。これは、葉には面積があるからで、面積のある被写体は二線ボケのレンズでも柔らかくぼけます

 このようなことから、多少なりとも面積のある被写体のボケをもって「ボケが柔らかい」と書いているレンズ評論は、果たして点光源がぼけたときはどうなのかがわかりません。ということからボケ描写に関するレンズ評論は、点光源のボケについて書かれていなければ意味がありません。

 また同じ点光源でも、それが微細で小さく、そしてぼける量が小さいほど、二線ボケなどの目障りなボケは顕著に現れます。写真レンズのボケを研究している、あるレンズ設計者が「点光源は私たちの宿敵です」と話していました。

開放から非常にシャープなレンズですが、画面右下の衣装の点光源が二線ボケになっています。ここが柔らかくぼければ申し分ないのですが、開放の解像力を高めると、なかなかそうはいきません。このように二線ボケは画面周辺ほど、そしてぼける量が小さいほど顕著に現れます。
開放から非常にシャープなレンズですが、画面右下の衣装の点光源が二線ボケになっています。ここが柔らかくぼければ申し分ないのですが、開放の解像力を高めると、なかなかそうはいきません。このように二線ボケは画面周辺ほど、そしてぼける量が小さいほど顕著に現れます。

写真レンズのボケの良し悪しには球面収差が大きく関わっています

 レンズは球面であることから像ができるのですが、同時に球面であるが故に焦点が一点に集まらない、というのが球面収差です。

 レンズの中心部で入射する光による焦点を近軸焦点と言いますが、対してレンズの周辺で入射する光はレンズ面に対する入射角が大きくなります。それだけ屈折の度合いも大きくなり、より曲がるために、周辺から入射した光線ほど近軸焦点よりも前の方に焦点を結びます。その様子をグラフにしたのが球面収差曲線で、レンズ口径の半径に相当する位置を入射高と言います。

 球面収差によって近軸焦点では光線が広がってしまいますが、この光の広がりをハロといい、後ボケを柔らかくしますが、画像のコントラストを大きく低下させます。

球面収差の補正

 球面収差はレンズの形(断面形状)を変えたり、凹レンズと組み合わせて補正しますが、球面レンズだけでは完璧な補正は難しく、通常は図のように球面収差補正曲線は真っ直ぐにはならず曲がってしまいます。図は開放がF1.4のレンズで横軸を誇張していますが、入射高がF1.4の、すなわちレンズの最も周辺から入射した光線の焦点が近軸焦点と合致するようにしたのがフルコレクションと呼ばれる最も一般的な補正です。そして補正過剰をオーバーコレクション、補正不足をアンダーコレクションと言います。ちなみに球面収差そのものを利用しているのがソフトフォーカスレンズで、その球面収差曲線は極端に寝てきます。

 図で補正曲線がレンズ側に傾くことを数学の座標と同様に、球面収差がマイナスに傾くと言い、右の方に傾くことをプラスに傾くと言います。そして、フルコレクションの開放寄りのところがプラスに傾いていることが、後ボケを二線ボケにする元凶です。

一般的な写真レンズの微〜小ボケ領域のボケ

 この画像はフルコレクション型球面収差補正のレンズの画面中心における絞り開放から2段絞ったところまでの点光源のボケの変化を見たもので、開放F1.4では後方微〜小ボケが二線ボケになっています。ところがF2に絞ると二線ボケはほぼ消えています。これは左の球面収差補正曲線のF1.4〜F2でプラス(右上方向)に傾いて二線ボケを作っている部分が絞りによってカットされたためです。この球面収差補正の仕方によっては2段絞らないと二線ボケが消えないレンズもあります。

 いずれにしても、フルコレクション型の球面収差補正では、開放から1、2段絞ることでボケは小さくなりますが二線ボケは消え、残ったマイナス(左上方向)に傾いた部分によってボケの中心に光が集まり、わずかですが滲みのあるボケになります。この滲みはレンズの味として好ましいボケです。俗にオールドレンズと言われるものから比較的新しいレンズまで、程度の差はありますが、多くのレンズにフルコレクション型の傾向があります。

 最近の明るさで無理をしていないマクロレンズや、高精度な金型による非球面レンズを使った大口径レンズでは、開放でもできるだけ二線ボケにならないようには、していますが。

画面中央の球体にフォーカスを合わせた写真で、非球面レンズを使った非常にシャープな標準レンズの絞り開放です。A5サイズくらいで見る分には気になりませんが、ワイド四切り以上にプリントすると、部分拡大したように二線ボケが目障りです。このように小さな点光源が少しぼけたところを柔らかくぼかすのはとても難しいことで、全画面で点光源の微〜小ボケをそこそこ柔らかくぼかすレンズであれば、これこそが「美しいボケ味」を標榜できるレンズです。
画面中央の球体にフォーカスを合わせた写真で、非球面レンズを使った非常にシャープな標準レンズの絞り開放です。A5サイズくらいで見る分には気になりませんが、ワイド四切り以上にプリントすると、部分拡大したように二線ボケが目障りです。このように小さな点光源が少しぼけたところを柔らかくぼかすのはとても難しいことで、全画面で点光源の微〜小ボケをそこそこ柔らかくぼかすレンズであれば、これこそが「美しいボケ味」を標榜できるレンズです。

「レンズの味」を作る球面収差補正

 開放時の後ボケが二線ボケになるフルコレクションに対し、模式図で示したような球面収差補正によって開放から鮮明な描写に加え「滲んだ味のあるボケ」を実現したレンズがあります。その走りとなったのがミノルタが2002年に700本の限定で発売した85mmF1.4 G リミテッド。この設計思想はソニーに引き継がれ、AマウントのソニープラナーT*85ミリF1.4ZA、そして現在のEF85mmF1.4 GMへと継承されています。そしてサムヤンのMF85mmF1.4も同等の味のあるボケが魅力です。

 この球面収差補正は球面収差を限りなく補正した上で、開放寄りのところだけマイナスに傾けているのが特徴で、ミノルタのリミテッドとソニーのプラナーは非球面レンズを使うことなく球面レンズだけでこのような補正を実現しました。この開放寄りのマイナスに傾いた球面収差が滲みを伴った明るい芯、すなわち「レンズの味」を作ります。したがって図のような球面収差補正の場合、F2に絞ると味になる部分がカットされ、味は消えて素直なボケになってしまうので、「味」は開放限定のボケ描写です。そこで味を楽しむために開放で撮影すると、画面周辺で点光源がぼけると、今度は他の収差の影響や口径食が問題になってきます。

 ここで球面収差をF1.4の開放まで真っ直ぐに補正すると鮮鋭さは幾分増しますが、ボケは素直で味のないものになってしまい、写真レンズとしては味気ない描写になります。このように収差を徹底的に補正したシャープなレンズを「優等生レンズ」と言います。解像力は高いがボケ描写には味がないことから、これを水に例えると純粋で味も素っ気もない蒸留水です。対してボケ描写に味のあるレンズは、酸素やミネラルを含んだ美味しい天然水に例えることができます。ボケ描写に味わいのあるレンズは撮影も楽しく至福の気分に浸ることができます。

いろいろなレンズの微〜小ボケ

 左の2本の50mmF1.4はフルコレクションによって後方の微〜小ボケが二線ボケになっていますが、左側のレンズは特にその傾向が強いです。また共に円形絞りではないのでF2では絞りの形が現れています。135mmF1.8は最新のレンズで微ボケは二線ボケですが小ボケになるほど素直なボケへと変化しています。

 85mmF1.4はサムヤンのMFレンズで「レンズの味」を作る球面収差補正による上質なボケです。100mmF2.8STFはソニーのSTFレンズで、前ボケも後ボケも柔らかくぼけています。ソフトフォーカスは後ボケはかなり滲み、味もたっぷりとあります。

上の画像でSTFレンズを除くと、微ボケで顕著に現れているボケの特性が、小ボケへとぼける量が大きくなるにつれて、その傾向が弱まっています。そして微〜小ボケが二線ボケのレンズでも、中ボケ、大ボケへと大きくぼけていくに従って二線ボケの影響は弱まり素直なボケになります。ということから、点光源が大きくボケたときに素直なボケであっても、それが微〜小ボケでは二線ボケになるということもあり得るので、中ボケや大ボケからそのレンズのボケ描写を評価することはできません。

ソニーAマウントのプラナーT*85ミリF1.4ZAの開放で、ネックレスのボケが滲んでいます。通常のフルコレクション型の球面収差補正ではここが目障りな二線ボケになってしまうところをこのように柔らかく滲ませる球面収差補正は写真の品を高めてくれます。ただしこのように滲むのは後方微〜小ボケ領域なので、これよりも大きくぼけると滲みは薄まり素直なボケに近づきます。そのためにこの写真はフルサイズではなくAPS−Cサイズで撮影しています。
ソニーAマウントのプラナーT*85ミリF1.4ZAの開放で、ネックレスのボケが滲んでいます。通常のフルコレクション型の球面収差補正ではここが目障りな二線ボケになってしまうところをこのように柔らかく滲ませる球面収差補正は写真の品を高めてくれます。ただしこのように滲むのは後方微〜小ボケ領域なので、これよりも大きくぼけると滲みは薄まり素直なボケに近づきます。そのためにこの写真はフルサイズではなくAPS−Cサイズで撮影しています。

開放付近の球面収差曲線をマイナス側に傾けることで後方微〜小ボケに味を生み出すレンズでは、その味を最大に生かすにはレンズの開放F値に対する被写体までの撮影距離が大きく関わってきます。上の写真はバストショットの撮影距離になるためにフルサイズでF1.4ではネックレスはすでに微〜小ボケ領域を超えて大きくぼけてしまい、味は弱まってしまいます。もし撮影距離がウエストショットくらいに遠のけば、フルサイズでも同様の滲みを生かすことができます。

この写真は上記サムヤンのMF85mmF1.4をマイクロフォーサーズ、絞り開放で撮影したもので、フォーカスを合わせたすぐ後ろの微〜小ボケは心地よく滲んで「味」があり、その流れで後ボケも柔らかいです。レンズの味は絞り開放で撮影しないとせっかくの美味しさを生かすことができないのでフルサイズ用のレンズをマイクロフォーサーズで使うと開放でも口径食の影響が軽減されて全画面で均等な心地よいボケを楽しむことができます。
この写真は上記サムヤンのMF85mmF1.4をマイクロフォーサーズ、絞り開放で撮影したもので、フォーカスを合わせたすぐ後ろの微〜小ボケは心地よく滲んで「味」があり、その流れで後ボケも柔らかいです。レンズの味は絞り開放で撮影しないとせっかくの美味しさを生かすことができないのでフルサイズ用のレンズをマイクロフォーサーズで使うと開放でも口径食の影響が軽減されて全画面で均等な心地よいボケを楽しむことができます。