ボケを柔らかくする二つの方式

 写真レンズのボケを良くする方法には「収差方式」と「APD方式」があります。

 収差方式は、写真レンズのボケは収差を補正した結果なので、レンズを設計する段階から好ましい後ボケになるように味を出す球面収差補正にしたレンズです。ただしその味はフォーカスを合わせた後方の微〜小ボケ領域に現れるだけで、それに続く後ボケも柔らかくはなりますが、大きくぼけていくと普通の素直なボケになります。

 APD方式は優等生レンズの絞りの位置に柔らかいボケの明るさ分布と同等の濃度を持ったAPDフィルターを置くことでボケを強制的に柔らかくしたレンズです。前ボケと後ボケ、そしてボケの大きさに関係なく柔らかいボケになります。

収差方式による味と、APD方式による柔らかさは、ともに開放時にその効果が最も大きくなります。ところが開放では周辺ほど口径食の影響でボケは欠けていき、微〜小ボケはどうしても悪くなるために本当にきれいなボケは画面の中央のみです。これは開放時に最高のボケ描写が得られるが故のジレンマです。そこでミノルタおよびソニーのSTFレンズはその効果が全画面で均等になるよう、口径が実質F2並みのレンズをF2.8に絞ったレンズ構成にすることで口径食をなくしています。

超ハイCPで優れたボケ描写の収差方式レンズ

 手頃な価格ながら収差方式による上質なボケ描写を実現したサムヤンのMF85mmF1.4のボケ味チェック点光源です。青色の後方微ボケの画面中央と画面右1/2では芯があり、滲んでいます。小ボケになると徐々ににじみは薄まり黄色の中ボケでは素直なボケになっています。F2に絞るとにじみはかなりカットされますが味はまだ少し残っています。画面周辺の微〜小ボケは、シャープな大口径レンズ故にその良さが薄まりますが、それでも他の同クラスのレンズに比べると良好です。

 開放の周辺のボケは口径食によって欠けますがF2に絞るとほぼ解消します。また開放時の中ボケで周辺となる右上ではその下辺が一部水平に欠けていますが、これはデジタル一眼レフのミラーボックスによるものでミラーレス一眼にマウントアダプターを介して装着すれば、この欠けは現れません。

 収差方式によって後方微〜小ボケが柔らかく滲んで味のあるレンズは、前方の微〜小ボケは二線ボケになります。後ボケのほうが重要なので構わないのですが、味のあるレンズでは微〜小ボケ領域における前ボケには注意が必要です。そして微〜小ボケにおいて前ボケ後ボケが共に二線ボケにならず素直なボケになるのが無収差レンズとも言われる優等生レンズです。

 

 写真レンズにおけるボケ描写に最も熱心に取り組んでいたミノルタが1998年に発売したSTFレンズ。2006年にミノルタのα資産を引き継いだソニーが継続して生産したのが写真のレンズです。STFとはSmooth Trans Focusの略で、意訳すると三次元の被写体を二次元の平面画像に滑らかに置き換える描写と言えます。アポダイゼーションとは絞りの位置で通過する光を制御することを意味し、点光源のボケを全画面でこの濃度分布にすることができます。その濃度分布を高精度に得るための構造は図のように濃度を持った凹レンズと透明の凸レンズを組み合わせたもので、凹レンズの中心はわずか0.3mmの薄さです。

 せっかくのAPD効果も口径食があると、その魅力は画面中央のみになってしまうので前玉後玉などを大口径にして口径食をなくしています。図のように画面周辺に進む光の量が中心と同じで、開放からこのように口径食のない写真レンズはとても貴重な存在です。

 またAPDフィルターによって位相差AFが機能しづらいのでMFですが、ソニーのFE100mmSTFレンズはAPDフィルターの構造が異なりますが、像面位相差AFおよびコントラスト検出によるAFが可能です。

APD方式のパイオニア

 ミノルタおよびソニーのAマウントの135mmSTFレンズのボケ味チェック点光源です。ソニーの100mmSTFレンズのボケ味チェック点光源はこちらです。

 青色の微〜小ボケの前ボケも後ボケも、そして黄色の中ボケも開放ではどれも柔らかくぼけています。ただ隅の微〜小ボケの開放では内側が若干欠け気味ですが、これはアポダイゼーション光学エレメントの周辺部の濃度の厚みの影響です。

ソニーの100mmSTFレンズでは均等な薄さなのですべてのボケが均等です。

 このSTFレンズはT4.5〜6.7をSTF領域にしていますが、点光源のボケを見てもわかるように開放以外は柔らかい部分がカットされてしまうために、APD効果による柔らかいボケは開放限定です。

焦点距離が異なる分、撮影距離を変えているので背景が若干異なりますが、左の通常のレンズでは背景の点光源のボケは素直ですが、右のSTFレンズのボケは見事な柔らかさです。多くのレンズのカタログに「円形絞りの採用で美しいボケ味を再現」との表記がありますが、この2点の写真からそうは言えません。円形絞りは点光源のボケを円くするだけで、ボケを柔らかくすることはできません。ただし、素直なボケを柔らかいボケと解釈しているメーカーはあります。
焦点距離が異なる分、撮影距離を変えているので背景が若干異なりますが、左の通常のレンズでは背景の点光源のボケは素直ですが、右のSTFレンズのボケは見事な柔らかさです。多くのレンズのカタログに「円形絞りの採用で美しいボケ味を再現」との表記がありますが、この2点の写真からそうは言えません。円形絞りは点光源のボケを円くするだけで、ボケを柔らかくすることはできません。ただし、素直なボケを柔らかいボケと解釈しているメーカーはあります。
若干撮影距離が異なりますが、収差方式のレンズとAPD方式のSTFレンズの比較です。STFレンズの口径比はF2.8ですがボケの周辺が暗いので感覚的なボケ量と被写界深度はF4に近く、その差が背景と拡大したネックレスに現れています。どちらのレンズがいいかではなく、背景のボケとは別に、被写界深度を外れたあたりの被写体の重要な部分をどうぼかすかもレンズ選択の要素になります。馬場ロア伊豆DX撮影会にて。モデル/今井えり(シャノワール)
若干撮影距離が異なりますが、収差方式のレンズとAPD方式のSTFレンズの比較です。STFレンズの口径比はF2.8ですがボケの周辺が暗いので感覚的なボケ量と被写界深度はF4に近く、その差が背景と拡大したネックレスに現れています。どちらのレンズがいいかではなく、背景のボケとは別に、被写界深度を外れたあたりの被写体の重要な部分をどうぼかすかもレンズ選択の要素になります。馬場ロア伊豆DX撮影会にて。モデル/今井えり(シャノワール)

収差方式のソニープラナーT*85ミリF1.4ZA

 後方微〜小ボケのにじみがよくわかるのがネックレスと逆光で輝いている髪の毛です。二線ボケのレンズでは、このように柔らかくはぼけず、目障りなボケになるので、ここに収差方式でにじみを作り出すレンズの価値があります。

 ソニーのプラナーT*85ミリF1.4ZAは軸上色収差がやや大きく、輝度差の大きい髪の毛のボケには赤と緑の色が付きます。ところがこの色収差は、画像処理アプリの「カラーノイズの低減」である程度消すことができます。ただし被写体の赤味が若干薄まったり、微細な赤い被写体の色が消えたりするので、画像処理をする前にレイヤーを取っておき、消えた赤いところを消しゴムで消して元の赤を出せばいいです。左の写真はこのようにして色収差を消しました。

APD方式のソニーFE100mmF2.8STF

 前ボケも後ボケも、ともに柔らかくぼけていますが、STFレンズの真骨頂は、点光源に対しても柔らかくぼけるところです。一般的なシチュエーションでは点光源が前ボケになるケースは稀ですが、ボケ描写において写真レンズが苦手にする点光源に対して、しかもそれが全画面に対して均等に柔らかくぼかすことができるのはソニーのこのレンズのみです。